危険な治験の体験記: 2008年8月4日月曜日

2008年8月4日月曜日

Day11:散歩②

今日は2回目の散歩があって、最寄り駅近くのスーパーに行った。

早速、本で「深夜特急」購入☆

レヴィ=ストロースの「悲しき熱帯」が、悲しいかなあまり満足の行く内容でなく、がっかりしていたので、その代替品としての役割を担ってくれそう。


それから、今日はさっきまでドラゴン桜を読んでいた。


今読んでも面白い。ちょっとしたモチベーション維持の参考になった。


ただ、あの本はちょっと本質から外れている気がするけれども。

Day11:コペルニクス的転回??

理論がなぜ理論となりうるのか。

自分なりにしっくりきそうな答えがでてきそうなのでメモします。

それは簡単に言えば、基準が統一されているから、なのでしょう。

統一された数や単位という「決まりごと」を使うからこそ、理論は理論となりえているわけです。

普遍的なるものを前提条件としなければ、理論は理論となりえないということです。

理論の裏側には、それが隠されていると。


思考のヒントは、ゼミの教授が

「なぜスペースシャトルは地球を脱して、宇宙の目標地点に達することができるのか?」

宇宙に出るということは、少しでも起動がずれたらいけないらしく、うまくorbitに乗るのは大変だけれども、ちゃんとことができるということを言っていました。

なぜそれが可能かというと、「精密な計算」をしているわけで、その精密な計算を正しくせしめているのは、まさにそう決めているからという説明でした。1cmというものを決めたから、100mや1kmというものも1cmという基準から見れば、100mは1cmを10000倍、1kmは1cmを100000倍したものといえます。


そもそもは、数の概念があるからこそ、理論は理論であるわけだ。


ということは、数のみで説明することが難しい、人文科学系の分野で、科学的な理論を構築しようとしたら、数に変わる、新たな普遍的な基準を発見し、そして世界中すべての人が使えるようにしなければ、一生科学者から批判され続けてしまうのは避けられない。

エスペラント語という試みが失敗したことからも、この試みはきっと相当タフでエキサイティングなことなんだろうなと思う。


数=科学的というのは、もっともなことかもしれないけれども、その他にあっていいはず。


今日の思索は何か一歩前に進むことができた気がする。

Day11:「映画」タグ追加。

友人がmixiで映画に誘ってくれたので、映画について考えるいいきっかけになった。

誘ってくれたのは、「おいしいコーヒーの真実」という映画。

上映する映画館は最寄が大阪第七藝術劇場というところらしく、アクセスを見ると阪急十三駅から徒歩3分。

行こうっと。

080526に立命館大学で見た「ミラクルバナナ」みたいな映画なのかな?ちょっと楽しみだ。


そういえば、一時期話題になった映画「靖国」も見たかったのを思い出した。

ほとんどの映画館で上映が終わってしまったので、見ようとしたら最寄の映画館は大阪のシネ・ヌーヴォに行ったらいいみたい。
暇を見つけて行こう。




















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上映スケジュール
8/9(土)~15(金) 10:30/12:55/15:20/17:45/20:10
8/16(土)~29(金) 10:00/12:25/19:50

料金
一般1700円、学生1400円、高校生以下・シニア・会員1000円(前売り1300円)
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21日退院日の帰りにでもよっていこう。

それにしても、ブログのようなCMSでこうやって整理するのは、すごく楽チン。

自家製Wordpressブログと自家製wikiをリンクさせたオリジナルサイトを早く作りたいな。