危険な治験の体験記: Day5:哲学を邦訳した日本人

2008年7月29日火曜日

Day5:哲学を邦訳した日本人

近代日本人の肖像xに戦前の偉大な日本人が紹介されています。

今では哲学と訳されている"philosophy"という語を始めて訳したといわれている、
西周(にしあまね)↑について調べていたらたどり着きました。
彼は幕末、幕末遣外使節として1862年にオランダに留学した思想家で、法律などヨーロッパの近代的な学問を輸入・翻訳する名を任されていたそうなです。

歴史的な経緯を調べてみると、1853年(嘉永6年)、アメリカ合衆国の国書を携えたペリー提督の艦隊が浦賀に来航し開国を迫ったことがきっかけだそうです。
その後1854年には日米和親条約を結び下田と函館の二港を開港。いよいよアメリカの圧力に耐え切れなくなった日本は1858年に日米修好通商条約を結び、兵庫(神戸)、新潟、長崎、神奈川(横浜)の四港の開港が約束され、日本にいよいよ自由貿易の時代がもたらされることになったそうな。

西周は日米友好通商条約の※批准書の交換を目的とした幕末遣外使節の一人として留学しました。


(※批准書の交換 調印した条約を最終的に確定する手続きのこと。批准は、署名をした条約の内容について国家が最終確認を行い同意を与えることを指す。

国会あるいは議会の承認を得る等の所定の国内手続きにより条約に同意することの確認を行い、批准書を作成する。日本国の場合、批准書の承認は天皇の国事行為とされている。2国間の条約の場合は、相手国と批准書を交換して条約が発効する。)

(一部weblioより抜粋)

国立国会図書館のサイト



彼が持ち帰った"philosophia"(愛知)は後に「哲学」と訳されます。

ところで哲学は、試訳の段階では「希哲学」と呼ばれていたそうです。



"philosophia"となることを希(ねが)う、という意味が込められていたそうな。


素敵ですね。

(下記はギリシア周辺国の地図。哲学が紀元前6世紀のイオニア(現在のトルコ)で始まったということから。タレス「万物の根源は水である」が哲学の起源。)

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